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小学校の時というのはもっと遊んだり、色々なことを体験しておくべきだった。ゲームばかりしていて、まわりがあまり見えていなかった。また、本を読んでおくべきだと思う。見解・見識・視野が狭くて頭が良くならなかった。

何年生だったか覚えていないが、恐らく低学年だっただろう。

そいつの家に遊びに行ったが、家の中でボールを投げ合いっこするようになった。自分がやり始めたのではない。
おもいっきりボールを投げた。自分のボールがグラスにあたって、割れてしまった。謝ればよかったのだけれども、その時笑って許してもらおうと思った。なぜかというと、謝ることで冷めてしまうことを考えたため。

それが、よく思われなかったため、そいつは母親に言いつける。母親がやってきて、自分に対して怒りはしなかったけれども、後日談があり、そいつが母親から私を家に上げないようにと言うようなことを言ったらしい。直接言われたのも嫌だったけれども、そういったことを聞かされるのは嫌なものだ。

その後卒業するまでそいつのことを良いと思ったこともなかったし、仲良くするメリットもなかった、また、家が遠かったので幸いしたというのはおかしな話だが、付き合いはない。中学に上がる頃には会話など一切しなくなったし、会わなくもなった。

さて、

  • 「しつこい人間・蒸し返す人間」
  • 「本質を理解できない人間」

というのはよくは思われないんだろうなということが分かった。
ただ、社会に出てからは、言いたいことを言うというのも叶えないといけないので、自己矛盾している。我慢もよくないものだ。難しい。

他人の家のものを壊したら謝るべきだし、そうしておくべきだった。